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2007年3月31日 (土)

土曜日の過ごし方(日記)

日記編

昨晩は、寝ようと思ったがなかなか眠れず、ハルシオンなど飲んだがまったく効かず、再録の③、④に目を通す。それから、アル系の「意見交換の広場」などにもカキコしていたら、もう5時を超えて徹夜、もう、かみさんと娘が起きだす時間になってしまった。

この再録の加筆修正がなかなか大変な作業なのがわかった。「ただ、切り貼りしてお見せしよー」と思っていたが、年月の訂正、文末の「ですます調」から、「である調」への切り替えなど、考えると矛盾点が噴出してきた。さらに、仲間から、「昔のネタを掘り返してきてー」といわれるのも癪だから、意地でも通常通り、日記も書かねばならないから2倍の労力が必要になっているのである。

さて、かみさんと娘は、小学校の仲良し同士で、朝早くから、バスツアーでディズニーランドへ行ってしまいました(かみさんのへそくりで)。ぽつりと残された私はどうしたらよいのでしょうか・・・

私の経験上、こういうときが「飲酒」に走り易い。十分留意しなければならぬ。そのため、実家に行き、親の目の届く範囲にでもいようか。

(以下、加筆部分)

机の引き出しを掃除していると、旧清水市のプールの回数券6枚(2,400円相当)がでてきた。そのため、実家に立ち寄り、その近くのプールに出かけた。きれいなおねえちゃんは、いませんでしたが、一時間半ほど、プールの中で歩き続けた。結構、疲れるのよねー。そのため、実家に泊まることにした。

徹夜したためと、プールで運動したため、夜8時頃、眠剤を飲まないで4時頃までねてしまった。やはり、眠れないのは、運動不足が問題だったと思う。

おまけ:「時計がほしいなー」

大昔、ブログで、「身に着けているもので一番高いものは何か?」というのを書いた覚えがある。その時は、眼鏡が一番高いと説明した。私は、ど近眼で乱視がひどいので、レンズが高くなり、ちょっとおしゃれなフレームを選ぶと、一式50,000円位するのである(まだ、静岡に「弐萬円堂」が進出する前のこと、本当に二万円で買えるのかなーと思う)。

そして、「腕時計がなくても生活に不自由しない」と言うことも書いた。実際に腕時計はしていない。なぜなら、毎日同じ時間で物事が進むし、PCやテレビにも時刻表示があるし、携帯でも時間がわかるからである。

でも、困った問題が生じてきた。サウナ風呂やプールに入ると、プラスチックレンズの眼鏡が壊れてしまう(当然、プールは禁止)ので、はずさざるを得なくなる。そうすると、遠くにある時計の文字盤が読めないから、自分が、どの位、入っているのかがわからない。

そこでだ。

完全防水のストップウォッチ付きの「Gショック」がほしいなー思う。「一万円もしないのだから買えばいいじゃん」と言われれば、それまでだが、手元にその一万円がないから困っているのである。

「兄さん、デザインはお任せします。有楽町か神保町あたりで時計買って送ってくれよー(笑)」

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「のぶ」のルーツ(再録②)

では、私の家族を紹介しよう。 私は、昭和38年、活平(S7年)、弘子(S11年)の次男として、旧清水市の病院で生まれた。ちなみに兄:修(仮名:S36年)がいる。

父は島田市出身。9人兄弟姉妹の長男、江戸の御代から続く大工の家に生まれた。父は商業学校を卒業し、地元の大手百貨店に就職が内定していたようだが、「家業を継げ!」とのことで大工の道に進んだようだ。元来、図画・工作などに長けた人で、大工としての腕は確かなものがあった。しかし、商業学校を出たわりには、お世辞にも商売はうまくなかった。

また、「のぶ家」には名前に「平」の字がつくのが慣わしであった。活平の親父は芳平、さかのぼると◎平、○平、△平となる。兄が生まれるたときも、伝統に倣うかという話になったらしいが、時代も時代だしと、特に母が反対し、地元の大井神社にいくつか候補をご提示いただき、その中から父母が選んだらしい。「のぶ」もそれに倣った。私としては、もっと奇抜な名前の方がよいのだが、平凡な名前をいただいた。

さて、アルの「のぶ」のご先祖様に下戸はいるわけはない。大工の家だから、「やれ地鎮祭だ、建て前(舞)だー」と、酒がつきまとう。雨が降ったら休み、寒いからといっては休み、盆暮れ朝から酒を飲むのは当たり前の世界だと思っていた。ても、子供心に父親が朝から酒を飲むことに対して、正直いい気分はしなかった。

これとは反対に、母は、豊橋市において4人兄弟姉妹の末娘として生まれた。祖父(河辺一二三:ひふみ)は、機械メーカーの原材料の仕入れ・経理を担当。当時、会社勤務のホワイトカラーであったため、丸い縁の眼鏡に、夏には麻の背広を着るような紳士のような方だったと言われている。また、「相当の下戸」であったという。 祖母(駒)のことは、母からあまり多くのことは語られない。ただ、生活が苦しかったため、「修学旅行にいかせられる余裕はない」と言われ、それを断念したことは聞いている。

長兄(邦博)は、年が離れており、文武両道の優等生で通信簿が全て「甲」であったという。しかし、軍隊に自ら志願して、航空隊の飛行兵として命を国に捧げた。次兄(正博)は、まったくの劣等生(笑)。バクチ好きで、家屋敷、家財道具まですべて売り払ってしまった放蕩者であった(現在は、普通の伯父さん)。 姉(幸子)は若い頃から病弱で、近年、病気でなくなった。

でも、なかのよい兄弟姉妹であったが、母の人生は苦労の連続といっていい。 小学校の時に、父がなくなり、中学3年の時には母も亡くなり、兄弟3人のみが残されたが、頼りとなるはずの次兄が放蕩者だから。母は、幼き頃から珠算などが得意であったため、中学を卒業すると、靴屋やお菓子屋の店員などをやっていた。元来、器用であったため、美容師を目指し、美容学校へ通い美容師の資格を得、住み込みの美容院で働いたようだ。筋もよかったため師匠にもかわいがられたそうだが、同僚たちとの軋轢もあり、その道を断念した。伯父曰く、「弘子は、とてもつらい時代のことだから、その頃のことはあまり多くは語らないだろう」とのことである。 そして、誰かの紹介で製材会社の事務員をしたそうだ。その豊橋の製材工場に、活平が仕事をしに来たのがきっかけで一緒になったというところだろうか。

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2007年3月30日 (金)

金曜日の過ごし方(日記)

昨夜は、「のぶ家のアーカイブス(再録①・②)」の加筆修正をし、眠剤を飲むも、なかなか寝付けず、寝たのは2時過ぎだと思う。そして、今朝は六時起床。お茶をすすって、家庭ゴミを集積所に運ぶ。6;30からはお決まりのテレビ体操。朝ごはんは、ゆで卵2個と納豆一パック。やはり、睡眠不足には勝てず、若干二度寝をする。

お昼は、インスタントラーメンと納豆、ゆで卵一つ。

午後は、少しマンガを読み二時頃、「清水◎ルサ」(東部勤労者福祉センター)に出かける。清水駅のすぐ隣にあり、旧清水市で一番立派な建物である。

私は、メタボリックである。ある程度、食事には気をつけているが、なにせ運動不足なので、適当な運動施設はないかと、ここ数日間、調べていた。

そのなかで、整形外科が始めた施設もあったが、入会時費用が16,550円、月額費用が生活習慣病指導管理料を含め、11,300円であった。今の「のぶ家」ではとても負担できない。

もしやと、ネットで「清水◎ルサ」を検索してみると、年会費なし。一回600円、回数券だと11回分、6,000円と割安であることがわかった。以前ここは、あるスポーツジムが受託経営していたのだが、その頃は、年会費が高く、一回あたりの料金も4桁もしたので「高値の花」として諦めていたのだった。昨年から、静岡市の直営施設になり、年会費など取らず。毎週月曜日はお休みだが、10:00~22:00までやっていて、ジムあり、プール(4コース)ありで、さらには、大好きな「サウナ」まであるという。「もう、ここだー」と決めてしまった。

さらによいことに、利用対象者が「勤労者及び19歳以上の市民」となっていて、じゃまなガキはいないし、まっとうな勤労者が、昼間にこのような施設など利用することなどないので、人影はまばら。プールなどは、定年直後の方々で10名以下であった。また、フィットネスでは、エアロビクスや太極拳なども教えてくれるという。

今日は、平泳ぎ少々と、水中歩行のみで2時間ほど水に浸かっていた。十分元は取れたとおもう。どうせ、6月頃までは休職中の日々が続く。毎日、家に閉じこもっていては「ウツ」にもなりかねない。ストレスとメタボリックが同時に解消できれば言うことなしである。

「うつうつひでお日記」でも吾妻さんが図書館に足しげく通っていたが、せっかく税金を納めているのだから、公共施設を利用しないてはない(うちのかみさんは、図書館をよーく利用している)。

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のぶ家のアーカイブス(再録①)

私は、自分がアルコホーリックであると同時に、ACという立場も経験している。ステップの棚卸しをかねて、私自身や家族の人生における問題点、楽しかった事を簡単にまとめ始めてみる。 例えば、私の母は、家庭環境から、今まで厳しい人生を歩んできた。何故か、そのことを私にだけ愚痴るのである。でも、「学校を卒業してから父に出会うまでの期間」のことをあまり聞いたことがない。 その頃のことを伯父に聞くと「あの頃は、つらすぎて、お前にも話したがらないのだろー」と言われた。でも、父母の人生、私のルーツをたどるためにも、そういう「暗部」ともいえる時期のことこそ、記録(アーカイブズ)に残していきたいと思う。

皆さんにも覚えがあると思う。AAのミーティングといえども、どうしても話せないこと(秘密)が必ずや一つや二つあるのでは。それはきっと、「いい話」ではなく「悪い話」に属する部類のものと推察する。したがって、のぶ一族においても、楽しかったことには話に花が咲くけれども、辛かったことには口を瞑るもの、蓋をしたいものではないか。 この作業は、時間が経てば経つほど不明瞭な部分がでてきてしまう。両親・関係者がボケたり、亡くなってしまい、「闇」に葬られてしまうからである。

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2007年3月29日 (木)

木曜日の過ごし方(日記)

日記編

昨夜は、眠剤(ハルシオン0.5mg、ロフィプノール1mg)を飲み1時半頃、眠りにつく。5:15に起床。やっぱり絶対的な寝不足感あり。来月、ドクターに相談して、眠剤を強めのやつにしてもらうように頼もう。

かみさんが起きるまで、迷惑メールをつぶす。アル系ブログを徘徊し、コメント入れようかと悩んだが、まだ頭が完全に起きていないので、変なことを書くといけないから、とりあえず通り過ごす。

まずは、お茶をすすって、納豆2パック,とゆで卵2個を食す。これで朝食は終わり。6:30からテレビ体操(みんなの体操とラジオ体操第二)。今日も、見忘れた時のためにハードディスクに録画しておく。

8:15、内科のクリニックに出かける。この頃、眠剤を一回で二日分ほどの分量を飲んでしまっているので、手持ちが寂しい。受付のお姉さんが、「寝る前の薬だけでいいんですかー」といいながら、ほいほいとくれる。2週間分570円也(一週間で飲んじゃうんだなー)。

そして、下記のとおり、「のぶ」の本当の姿を知ってもらうために」のため、下準備にとりかかる。約半年分のブログをななめ読みし、必要と考えられる部分を切り取る。必要最小限のつもりであったが、結構な分量になった。古い文章を、貼り付け。若干の加筆修正する。まあ何日かかけ、来週中に御見せできるよう作業してみたい。

お昼は、たまゴ入りインスタントラーメン。食後、若干の眠気を催したため、二時間ほど昼寝。寝なきゃー身体がもたん。

晩ご飯は、ギョーザ。食べてから一時間ほど横になり、お風呂に入る。そして、ブログの加筆修正作業に取り組む。今日も、満足に寝れそうもない。「うつうつひでお日記」読み終わる。

「のぶ」の本当の姿を知ってもらうために。

この頃、ブログに新しい仲間が寄ってくれているみたいだ。

実は、この「ココログ」でブログをはじめる前、よそ様で半年位、ブログを書いていた。当時のブログは、「私の生い立ち」、「おやじの悪行(AC)」、「入院日記」などが収められている。新しい仲間に、「のぶ」の本当の姿を知っていただくために、古いブログを何本か、この「ココログ」で再録し、ご開帳したいと思う。昔からの仲間も、もう忘れている頃だから丁度よいのではないだろうか。

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2007年3月28日 (水)

水曜日の過ごし方(日記)

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日記編

昨夜は十時ごろ急に眠気を催し寝てしまい、起きてみたら二時頃。そこで、眠剤を飲んだのだが、効かず、結局、アル系のブログを徘徊する。この頃、関西の人のブログを拝見することが多くなった(それもD系の方の)。

ひと回りして、書き込みをし、自分のブログに加筆したらもう5時頃である。ここで、さらに眠剤を服用し、二度寝することも考えたが、敢えてそれもせず、迷惑メールをつぶしながら5:45頃に、かみさんが起きてくるのを待つことにする。

まずは、お茶をすすり、「生八ツ橋」を2個食す。これで朝食は終わり。次は6:30からテレビ体操をする。なお、昨日、テレビを見れず、アカぺらで乗りが今一歩だったため、今日は、テレビ体操を録画し、見落とし用に備えておく。

ちょっと、早めのお昼とし、納豆一パックとインスタントラーメンを食し、11時頃から、スーパー温泉「草◎の湯」に出かける。まだ、5回分、回数券が残っていた(一回500円也)。一風呂浴びて、一時間ほど昼寝する。

それから、サウナ風呂に何回も入りながら、サウナ風呂にあるテレビで高校野球を観戦する。それにしても大阪桐蔭の4番バッターはいい振りしとる。二打席連続ホームランであった。

第三試合は、静岡の常葉菊川と今治西との試合。これもまた、サウナに出たり入ったりしながら観戦する。まあ今日は、常葉菊川が10対0で圧勝したが、ここまで勝てば十分である。準々決勝の相手は、本命の大阪桐蔭である。大差で負けないようにと祈るばかりである。

晩ご飯(鶏の照り焼きと納豆、味噌汁)を食べ、サッカーのオリンピック予選シリア戦を観る。3対0で快勝。ちなみに、反町監督は、同じ旧清水市出身で、中学こそ違うが同い年。彼は、人格者だが、「おばさん」の追っかけがいるそうだ。

おまけ:メタボリッックシンドローム:その後

ここ数年来、ベスト体重が63キロ程度なのに、一年ほど前から73キロに太り、着れるスーツが一着のみになってしまったことは以前、お話したとおり。

3月12日にジョーバが届いて以来、毎日15分×4回転ほど欠かさず乗っている。確かに、テレビを観ながら、ただ、またがっているだけで、腰痛も軽減されてきたし、何しろ約2週間で体重が3キロ落ちた。お腹にも多少、凹みができたことも確認された。さらに、今日はサウナに入ったので、余分な水分が抜け69キロまで体重が落ちた。なかなかいい感じじゃ。

※写真は、中国土産の「◎カコーラ」。味はやや炭酸が抜けてたかなーって感じ。「◎カリスウェット」は日本のものとまったく同じ味であったという(娘、談)。

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2007年3月27日 (火)

火曜日の過ごし方(日記)

昨晩、眠剤(ハルシオン0.75mg、ロフィプノール15mg)を飲み、それでも眠りについたのは1時半過ぎ。でも4時半頃には、昨日に引き続き早期覚醒する。絶対的に睡眠時間が足りない。ドクターに相談しようか。

かみさんが起きる5:30頃まで、迷惑メールなどをつぶしながら静かに過ごす。6時頃、お茶をすすり、「生八ツ橋」2つを食す。そして、家庭ゴミを集積所に運んでいたら、6:30からのテレビ体操を見逃す。だから今日は、「アカペラ」でラジオ体操をする。やっぱり今一つ乗りが足らない。

その後、ジョーバに数回、またがりながら7時のニュースを見る。地震で家をなくした人のことを考えると、「持ち家暮らし」も大変だなー、アパートなら若干の家財道具を失うだけですむのにと思う。仏壇さえもゴミになってしまうのだから。

今日は、何故か、私の納戸が汚く、整然としていないのが目に付く。そこで、重い腰をあげ片づけを始める。

まずは、「もも」のゲージの掃除と、廃品回収に出す、新聞、雑誌、売り物にならないコミックス、ダンボールなどを紐で縛る(「女体なら縛りなれているものをと、ふふふ。」ウソをつきました)。

今は左遷され、休職中の身。どうせ会社に復職しても、メールセンターあたりが関の山。もう、研究職には戻れないのだからと、企業戦略論、マーケティング、原価計算や管理会計、経済学や財務分析、証券用語辞典など、院生時代に読んだ本も、きれいさっぱり捨ててしまう。こんな、「こ難しい本」は売るにも売れない。生きてく上では、「辞書」と「聖書」、「ナニ金」や「料理の本」などがあれば事足りるのではないだろうか・・・

さて、片づけがひと段落したところ、昨日、深夜のことが気になって来て仕方がなかった。

それは、アルの先行く人との間で、うまくコミュニケーションがとれなくて、「HPやブログでしょっちゅうカキコしてるからいいだろうー」と安易な気持ちで、チャットをしたら、そのことについてきつーい、一発を浴びてしまった。非は完全に当方にあることは間違いない。当然、謝罪し反省した。でも、「本当に申し訳ないことを書いてしまった」と悔やみつづけたのである。「言の葉」とは、恐ろしいものである。ましてや相手の顔が見えないネットでは、「書き込んだ言の葉」は一層、厳しいものになるのだろうと考える。

あと、数年もすれば、相手の顔が見られるHPやブログが一般化することであろう。早く、そんな時期が来てくれれば、間違いも減るだろう。

(以下、加筆部分)

今夜は、十時頃、急に眠気を催し、そのまま眠ってしまい、起きたのは、二時過ぎ(体内時計が狂っている)。アル系ブログを読んで回る。

ビリケンさんと、えなんちょまーさんの「電車おばちゃん」の話、面白かった。「アルでHyde」でコメントしたのは「システムダイナミクス」の観点から(理系的とでも言おうか)。もう一つの観点(文系的〃)は、「乗り遅れて、ドアを蹴飛ばすのは、いわば「欧米型」であり、「日本人」は先に乗っている人に(馬鹿だナーと)笑われるのを防御するために、「先に自らを笑う(苦笑する)」というものだ。多分、「日本人の笑い」で検索すると論文か書籍になっていると思う。

もう、朝の四時だ。もう一回寝よう。

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2007年3月26日 (月)

月曜日の過ごし方(日記)

昨晩、眠剤(ハルシオン、ロフィプノール)を飲み、眠りについたのは1時半頃。でも五時頃には早期覚醒する。絶対的に睡眠時間が足りない。お茶をすすり、6:30からテレビ体操をする。今日は、手足の先まで渾身の力を注ぎ、ビシッときめる。6:50に娘を起こし、ジョーバにまたがる。

本来なら、今日は、実家に京都土産を届ける予定でいたが、寝不足の件もあり、代わりにかみさんに行ってもらうことにした。そして、昨日買い求めた「失踪日記」を読み始める。途中、株式相場の状況を把握し、プレス工◎と帝◎が若干値を上げているのを確認する。

この月末、小学校のかみさん仲良しグループ(こぶ付き)が、日帰りバスでディズニーランドに出かける(うちのかみさんが幹事をつとめている)。11時頃、その代金を、コンビニへ支払に行く。そのついでに、滋賀・京都でデジカメ撮影したものをプリントアウトする。これは自腹、20枚600円也。新学期、中学校へ「家族写真」を1枚提出しなければならないという。20枚のうち、家族三人で写したものが何枚かある。果たしてどれを選ぶのだろうか。

お昼ごはんは、◎ストで「若鶏のグリル:ガーリックソース」を食す。飲み物は、ドリンクバーを節約し、水のみ。672円也。もうちょっと安い、ランチメニューにすればよかったと後悔する。でも、フリードリンクの券を頂戴する。

午後は、「失踪日記」の続きを最後まで読みきる。気がつけば三時。かみさんと娘が帰ってきた。

ジョーバにまたがり、選抜高校野球、「北陽-鹿児島商業」の終わりごろを何気なく観る。投手戦で北陽が勝ったみたいだ。5時から×HKのニュースを見る。

晩ご飯は、実家からもらった鮭の粕漬けの焼き物と、ほうれん草のおひたし、納豆とお味噌汁で質素なもの。

食後、昨日ついでに買い求めた「うつうつひでお日記」を読み始める。私は、漫画家ではないし、読書家でもないが、吾妻がアル中でウツもちなのか、妙に親近感がわく。日記には、起床時間、朝飯、昼飯、アイスを食べること、図書館や本屋に出かけること、一日、2~3時間の作業内容位しか書かれていないが、とてもおもしろい。日記とは、そんなものだろうと納得する。

そろそろ、アル系のHPやブログを徘徊する時間となった。掲示板のカキコを確認し、ブログへと進む。

それで、仲間のところにチャットに土足で入ったら、怒られてしまった。それなりの礼儀は守るようにと...マナーは心得よう。その後、打ち解け、論点を整理して話すと、彼の地元でも同様な事例があったとの事。まあ、あせらずゆっくりと解決しましょう的な結論に至った。それで手土産も頂戴し、眠りについたのであった。もう1時半頃ではないだろうか・・・

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2007年3月25日 (日)

日曜日の過ごし方(日記)

20070325_1619_0000 今朝は旅の疲れか、7時過ぎに起床。お茶をすすり、お土産の「生八ツ橋」を食し、昨日のブログを加筆修正する。気がつけば、ブログのサブタイトルやプロフィールなどが、随分、昔のままだったのでついでに修正する(読者の皆さん、もう一度ご覧されたし)。

確か、ブログ「アルでHyde」で、吾妻ひでおの「失踪日記」、「うつうつひでお日記」のことについて触れていたと思う(えなんちょまーさん、そうですよね??)。先日、それが気になっていて、もう一度、「失踪日記」を読み返してみようと思い立ったが、家中探しても見当たらない。人に貸したか、古本屋にまとめて出してしまったかも定かでない。でも、「もう一度読みたい!」、「アマゾンにするか、静岡に出かけて買おうかなー」と思っていたら、丁度、AA仲間のNishiさんから、今日のミーティングどうするの?と連絡が入ったので、静岡のミーティング会場に行くことにし(昨年10月からオープンM)、そのついでに本屋に立ち寄ることにした。

Nishiさんの車に便乗し、ミーティング会場に行った。概ね半分は知らない新しいメンバーであった。薬物依存のメンバーが急増したのかなーと思う(足を骨折して車椅子で来た女性も来たなー)。

さて、静岡は田舎だが、比較的大きめな地元の書店の他、ちょっと小さめだが「◎善」の支店がある。「◎善」のブックカバーをかけていれば、マンガであろうと、専門書であろうとカッコがつくから、敢えて、「◎善」に行く。あるかなーと、コミックの書架を探していると、隅に「失踪日記」と「うつうつひでお日記」が並んで置いてあった。そのため、ついでに「うつうつ」も買ってしまった。2冊カードで2,226円也。ちなみに、帰って読もうとしたら、「失踪日記」は娘に取られてしまった。急いで買いにいった意味がなくなってしまったのである。

娘に、お目当ての本をとられてしまい、することがなかったので、相撲を見た。丁度、優勝がかかった取り組みを見たが、朝青龍も千代大海を相手に体をかわすなんてだらしがない。こっちは、つっぱりあいが見たかったのに。そんなことだから、優勝決定戦で白鵬にしっぺ返しをくらうのだ。ざまーみろ。「おれも座布団なげてーなー」と言ったら、かみさんが「升席は高くて、あんたなんかが行けるとじゃないよー」と切り返された。

いつまで経っても、娘が本を返してくれないので、アル中系のHPやブログを徘徊した。「そうだ、そろそろ、えなんちょまーさんが、ブログを更新する頃だ。遊びに行こう。」

(以下、加筆部分。)

遊びに行ったら、「タイルに虎が描かれている」写真が貼り付けられていた。この写真はどこで撮ってきて、なんの意味があって貼ってあるのだろうと考えても結論にはいたらなかった。その後、ハルシオン0.5mgをウイルキンソンのジンジャエールで飲み、寝床にはいった。でも、なかなか眠りには至らなかった。「これが毎日続いてたら、寝不足でサラリーマン生活もできないなー」と考えていたら眠気が襲ってきた。「明日(実際には今日)は実家に、京都土産をとどけなきゃならんなー」が最後の記憶であった。今日も「おち」なし。

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2007年3月24日 (土)

とりあえず飲まないで帰ってきました

20070324_1040_0000 20070325_0406_0000今日は、とりあえず飲まないで帰って来ました。家族三人のバスツアーでしたが、結構、満足感を味わうことができ、行ってよかったなーと思った。

清水寺も知恩院も、さくらの開花は、まだ一週間ほど先になると思われた。だから写真の背景は今ひとつであった。その木造建築に関しては、電動プレーナーやクレーンもない時代に、「よくぞまあ、こんな立派なものをおったてたなー」と感服した。

今回のバスツアーには、八ツ橋の製造工場の見学がくみこまれ、これがとても興味深かかった。そして、ガラス越に、その工程をみてびっくらこいた。

なま八ツ橋は、生地とあんこの原料を、機械にぶちこみ、生地を延ばし、その上に、あんこ玉を落とし、一個ずつ裁断し、三角に折るという比較的単純な作業の連続である。だから、最後まで機械がやってくれると思っていたが、これが大間違い。最後の工程で、トレーの上に、生八ツ橋を並べる作業は、おばさんたちの手で行われていた。

私は、大学は原価計算が専門であったし、院生時には、生産工程管理も履修した。そこでは、「機械ができないこと、機械を導入するより、人が作業することの方が割安の場合は、人の手でやるのが原則である」と学んだ。

まさしく、その原則が見事なまでに浸透し、複雑な形に八ツ橋を並べるのは、1ライン3人のおばちゃんたちで、機械よりも早く、間断の休みなどなく12個の八ツ橋を見事に並べていったのである。そのとき、私もかみさんも、「京都の最低賃金は幾らで、このおばちゃんたちは、いくらもらっているのだろうかと」心の中で思っていた。見学コースの掃除のおばちゃんが、「あのおばちゃんら、大変そうやろー」と声を掛けてきた。私も、八ツ橋並べと掃除を選べといわれたら、間違いなく、掃除を選んだに違いない。

アルコールに関しては、バスツアーといえば、酒やビールを飲みながら、ほろ酔い気分で回り、たまに、「おしっこちびりそうだから、バス止めてー」というのが定番である。かく言う私も、昨年の黒部・立山アルペンルートのツアーで、それをやり、「あと5分でつくから、辛抱してください」とガイドさんにたしなめられた覚えがある。今回のツアーは、熟年夫婦が客層であったが、お昼時やバスのなかで酒を飲む不心得者などいなかった。そんな周りであったし、かみさんと娘が、「絶対に飲むなー」と酸っぱくなるまで言葉で攻めてきたので、飲むことはなかった。もちろん、旅館の自動販売機で、こっそりとビールを買うこともなかった。

私たち、アル中の常識は、世間の非常識であり、酒は、時と場所を心得て飲むものだと実感した。まあ、二日間、若干の飲酒欲求は沸いたが、我慢したことでよしとしようか。

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2007年3月23日 (金)

京都へ旅行など

今日と明日、家族三人で、滋賀長浜と京都方面へとバスツアーに出かける。

「のぶ家は、傷病手当しか貰えず、貧乏じゃないのか! 贅沢しおって!」と批判の声もあがろう。

では、ご説明しよう。

私だけ、一月末に中国(北京・天津)に出かけたことは、このブログでも触れたとおりである。

その「中国に行くぞ!」と決めたとき、「残された家族もどこかへ連れてけー!!」ということになった。そこで、まあ、銭屋官兵衛が相場で稼いだお金もあり、「京都でも行くかー」と、いい気になって二月のはじめに、このツアー旅行を申し込んでしまったのであった。

それが三月になり、株式が暴落したり、「給与」が支給されず、「傷病手当」に切り替わることを知ったときは、愕然とした。「うちには、お金がないのよ...」

さらに悪いことは重なり、既に、これをキャンセルした場合、キャンセル料を支払う時期に来ていたのだ。(私のジョーバも娘のロフト式デスクを注文したのも、株が暴落したり、給与が傷病手当に切り替わると連絡が来る前のことであった。)

まあ、「物事はよいほうに考えよう」。私もかみさんも、ここ20年来、京都へ行ってないし、娘の学校の修学旅行先も京都ではないので、「いまさら止めるのもキャンセル料が勿体無いしなー」ということになり、家族で旅行する次第になったのである。もう、娘も中学校に入ればクラブ活動もあるだろうし、いい歳こいて家族で旅行などするまいし...

主な行き先は、長浜で一泊して、土曜日に、「八ツ橋の工場」(魂胆みえみえ)、「清水寺」と「知恩院」を回る。私は、長浜黒壁、清水寺も知恩院も行ったことがあるのだが、娘は、清水寺など初めてだから、「清水の舞台から飛び降りる」の意味も知らないから丁度いいのではないか。

残念なのは、やはり「お酒」が飲めないことである。「バス旅行」といったら「お酒」がつき物であるからにして...

今日のこのブログも関西風の「オチ」はなし。ハムスターのももちゃんに沢山、エサをあげていかなきゃーねー(つづく)

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2007年3月22日 (木)

私は、メタボリック症候群です

    20070319_2059_0001      私は、メタボリック症候群です。

なかなか寝付けず、眠剤を飲んだにもかかわらず、朝5時少し前に目が覚める。絶対的に睡眠不足である。かみさんが起きる5:45までは静かに過ごす。

6:30からはテレビ体操し、ジョーバに乗り、お茶をすすって、納豆を2パック食べ、1時間半ほど二度寝する。

9時過ぎにクリニックに行き、先日の血液検査を聞く。γ-GTP、総コレステロール及び中性脂肪、HDLコレステロールが基準値の範囲を超えているため、ウエストを測り、「メタボリックに近い状況にあるねー」と診断される(※)。食生活と運動に気をつけるようにと注意される(γ-GTP、総コレステロールはメタボリックの基準にはありません)。

※本来なら、血圧以外は診断基準を超えているので「完全なメタボリック症候群」です。

ついでに、「この頃、寝られなくてー」といったら、眠剤の「ハルシオン」と「ロフィプノール」のジェネリック薬品を2週間分ほいほいと処方される。730円也。

のぶ家は、粗食で、お肉とスナック菓子は余り食べないのに、メタボリックになるのは、インプットではなく、アウトプット、つまり運動不足に問題があると思われる。でも、お昼は、やっぱり近所の◎ンガーハットのちゃんぽんと、無料クーポンの餃子を食す。450円也。

その後、お昼寝を3時間ほど貪る。そして、他のアル系のHPやブログに顔を出す。

抗酒剤について(効かないよーだ)

昨日のフェローシップで、抗酒剤の効果の話題になった。

私は、アル専病院にぶち込まれる前、精神科のクリニックに通っていた頃、「シアナマイド」を処方されていた。医師に、「これは劇薬で、これを『おちょこ』一杯分飲んでから、酒を飲むと、心臓がバクバクして、死にそうになるんだ!」と脅かされた。暫くの間、出勤前に服用したが、一時間後(仕事前)、三島駅のホームでビールのロング缶を飲み干したが、何の変りもなかった(これは何回も人体実験済)。「ノックビン」もアル専病院の試験外出・外泊時も同様であった。私には、抗酒剤は、なーんにも効かないのであった。これも効く人では、味醂でも本当に死にそうになる人がいるようだが...

銭屋官兵衛主宰:山信證券

昨日の中国、米国の株式相場の好調さに引き続き、東京市場も順調に推移する。保有する「信越化◎」が先日、工場爆発を起こし、株価に影響が出るか心配したが、ほどほどに値を上げた。「三井不動◎」「プレス工◎」も順調に推移。「帝◎」に少し弱含みの傾向が見られたため、再度、信用で5,000株買い戻す。今日、「地価公示」が発表されたが、事前の予想通り、商業地、住宅地ともに陽転となる。密かに仕込んでいた「三井不動◎」4,000株が値を飛ばしてもよい頃だと思う。明日が楽しみじゃ。

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2007年3月21日 (水)

今日は結婚記念日なのに

昨夜は、ミーティング後のフェローで、家に帰ったのが午前3時半。寝るに寝つけず眠剤を飲むも、いつもどおり6時頃、目を覚ます。絶対的に睡眠時間が少ない。流石にテレビ体操をやる気にはならず、録画して、ジョーバに2回転またがる。そして二度寝する。

お昼頃に目を覚まし、ミートソースを食す。今日は、お彼岸のちゅーにちなので、「ぼたもちを食べなくては!」と思い立ち、娘にお金を与え、お遣いに出す。天神◎のぼたもち6個、756円也(お駄賃144円)。

先日、娘に、26インチの通学用自転車を買ってあげた。通学を前にして、実際に中学校まで乗ってみて、何分かかるか測ってみる。片道、たった7分もかからない。歩いてもよさそうなものを...その後、4時間ほど昼寝を貪る。

晩ご飯のおかずは、鮭の焼き物と味噌汁の予定であった。しかし、食前に、かみさんと、ぼたもちを2個ずつ食べてしまい、お互い胃がもたれ気味であったので、鮭の焼き物をキャンセルし、永谷◎の「梅茶漬け」が登場する。高見盛になった気分である。

その後。お風呂に入り、アル系のHP、ブログをウヲッチする。そのなかでも、特に、「アルでHyde」を3カ月ほどさかのぼる。(私とひいらぎさんと同世代で、薬学か化学専攻だと思われる)科学者のアルさんだけれど、着眼点、文章力をも兼ね備え、毎日、きちんと更新されているところも見事である。でも科学者なのに、「いかにも和式」の断酒会につながっているというギャップが面白い。比して、己の文章力、関西風の「おち」のなさに辟易する。

今日は、結婚記念日なのに、お茶漬けをかきこむなど、お祝いムードはなし。結婚して早、14年。でも、今週の金曜、土曜日に、娘の修学旅行を兼ね「長浜、京都へのバス旅行」にいくからご勘弁をと。

※「おはぎ」と「ぼたもち」のよび方については、諸説あるが、私は、「春は、ぼたもち」、「秋は、おはぎ」と区別している説にのっとった。

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2007年3月20日 (火)

今日一日:ミーティングなど

20070319_2059_0000 昨夜に続き、なかなか寝られず眠剤を飲み、眠りについたのは2時頃だと思う。

5時前に、目が覚めてしまい、仲間の掲示板などを見てから、かみさんといっしょに家庭ゴミを外に出す。お茶をすすり、6:30からはテレビ体操。二度寝し、9時一寸前に起き、株式市場の状況をチェック。「帝◎」が買値を少し上回ったので10,000株売却。一寸売り急いだかなと思われるが、先が見えない相場だから、と納得する。その後、三度寝に入る。

また、起きだしたのはお昼過ぎ。お腹がすいたので、近くの「◎ンガーハット」のちゃんぽんと、無料クーポン券の餃子を食す。ちゃんぽん450円也。

今晩は、約半年振りにホームのミーティングに出席する。このブログではAAのことにつて私は敢えて触れていなかった。スポンサーが聞いたら「とんでもない!」と一喝するに違いない。ごめんなさい。仲間が私の家まで迎えに来てくれるたので意を決して出かける。知らぬ間に新しいメンバーが沢山増えたし、先行く仲間は、暖かく迎えてくれた。やはりミーティングは欠かせぬものだと再認識させられた。

その後、◎ストでフェローシップ。午前様となってしまい、かみさんに怪しまれることとなった。「AAって、何するところなの!!」と。

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2007年3月19日 (月)

一人で甘い美味しいものを食べる会

20070319_1017_0000 昨日、新宿で、クリーム兄貴たちによって「甘い美味しいものを食べる会」が開催された。私も参加したかったが、何せ電車賃がかさむので今回は残念ながらご辞退させていただいた。

さて、昨夜は昼寝をしたためか、なかなか寝付けず、眠りについたのは2時頃だと思う。今朝は、6:25頃、起きだし、かみさんに急かされテレビ体操(第一とみんなの体操)をした。

その後、二度寝し、やおら起きだし、内科医院に向かった。この頃、おしっこの出が悪く、むくみもあったし、メタボリックなので、検尿と血液検査をしてもらった。結果は、検尿では潜血反応が出て(いつものこと)、血液検査の結果は木曜日にでるとの事。2,330円也。

帰り道の途中、皆が、イチゴのパフェなどを食べたことを思い、「私も甘いものをたべよう」と思い立つ。ぼたもちを、かみさんの分を含め6つ買い求めた。660円也。

帰宅し、お茶をすすりながら、ぼたもちを3個食べたのであった。その後、かみさんがパートから帰ってきたのを確認し、3時間ほど昼寝を貪る。もう通常のサラリーマン生活に戻れないような感じがする。

晩ご飯は、レトルトのカレーとレタス。デザートにシュークリーム。

今日は、早めに寝たいのだが、多分、昼寝をしたから眠れないと思う。

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2007年3月18日 (日)

心の病気は…

20070317_1324_0000_1

昨日は、クリニックに行って、順番待ちでお金がかかるから、受診せず眠剤だけもらって帰ってきたことについて少し触れた。今日はその点について触れたいと思う。

私は、現在、アル依存のほか、「鬱」(自分ではとても書けない文字)ということになっている。でも、私は、会社を休職せざるを得ないほどひどい状況ではないし、十分、働ける状態だと思っている。

最初は、確かに自分でもウツの気配が感じられた。そのため、六年ほど前から精神科、神経科に通い、都合4名の医師に診察してもらった。でも、それぞれ付けられた病名が異なった。

ある医師は、「もう、このクリニックに来たのだからウツ病だ」と言い、アル専病院では、「アルコールに問題があって、長期低迷性の不安神経症でしょう」と診断された。現在、通院しているクリニックでは、比較的、親切、丁寧な問診の結果、「ウツの傾向が見受けられる」と相成った。

でも、今では、ウツウツしているとは感じられない。そう考えていたら、アル依存の仲間から連載ものの新聞記事が送られてきた。そこには、ウツには「従来型」と「現代型」があると書かれていた。

それをしげしげ読んでいると、「現代型のウツ」の特徴として、性格は、社会のルールをストレスと感じ、仕事熱心ではない、秩序を否定するタイプ、つまり、「規範への愛着」ではなく「自分自身への愛着」が見られ、症状は、「疲弊と罪悪感」ではなく「回避と他人への非難」が見られるという。

それなら、確かに、今,通院している医師が診断したとおり、「ウツ」の症状にあてあまるなと思われてきた。現代型のウツは、従来型のウツより症状は軽く、ウツの判断基準が変わりウツ病の概念が広がったことで、従来は、「ウツ病」とされなかったこのタイプも「ウツ」の範疇に入るようになってきたという。まあ、私のウツもそんな程度のものだろう。

そういう訳で、薬を飲まなければ、すぐに症状が悪化し、死に至るものではないと考え、受診もせず、薬も遠慮したのであった。(今日はなにか理屈っぽいなー)

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2007年3月17日 (土)

今日は、卒業のお祝い

今朝は七時起床。お茶をすすって、クリニックに行く。8:30に診察が始まるのだが、ちょっと遅れたので、もう5、6人、診察を待っていた。受診すると午前中が終ってしまいそうだし、お金もかかるから、今日は受診をせず薬だけ、それもウツの薬は遠慮し、眠剤だけ頂戴し帰宅する。770円也。

家に帰れば大掃除。娘は来月から中学生。小学校で使った教科書やノート、デキの悪いテスト用紙などを捨てまくる。お昼になってもまだ終らない。途中、昼食は、冷凍の焼きおにぎりやたこ焼きなどをチンして軽めに済ます。

晩ご飯は、娘の卒業祝いにと、チェーン店だが家族三人で焼肉を食べに行った。家族で焼肉を食べに行ったのは鎌倉から清水に戻って初めて、6年ぶりであった。

鎌倉に居た頃は、徒歩で行けるところに「安◎亭」があり、新聞の折込チラシのなかに入っている割引クーポンを使って食べに行っていた。勿論、私のお目当ては焼肉ではなく、昼間から堂々と飲める「無料生ジョッキ」と「無料ウーロンハイ」であった。私がビールを飲み、かみさんがウーロンを飲むことにして「ただ」の酒を2杯せしめていた。まだ、私がアルになる前のことである。今考えれば、実に「かわいい」ものであった。

清水に戻ってきてからは、お金が厳しかったり、私がアルになったり、焼肉のチェーン店もなかったので、焼肉屋から遠ざかっていた。今日は、私が二週間ほど昼飯代を節約して貯めたお金で、ささやかながら娘の卒業のお祝いをした。娘はお肉の後、好物のシャーベットをニコニコしながら食べ、楽しそうだった。まあ、のぶ家の贅沢の水準はこんなものだが...

これからは、お小遣い(もともとないのですが...)を節約して、妻子を年に何度か外食に連れていってやり、家族で食卓を囲み、「今日も楽しかったー」と沢山の思い出を残してやりたい。

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2007年3月16日 (金)

今日は娘の卒業式

Dsc00191 20070316_0938_0000 昨夜遅くになって、娘に、「明日の卒業式にはお父さんも来てね」と言われた。そして、「お酒を飲んでいないお父さんが好き」とも言ってくれて、「ここまで育ててくれ、この学校に入れてくれて有難う」との感謝の手紙まで頂戴した。嬉しくて涙がこぼれてしまった。

娘は、平成7年4月1日生まれ。学年でいうと早生まれの最後ということになる。よりによって何で最後の日に生まれたのかと思うこともあった。同じ学年の友達と比べても身体は小さく、勉強も褒められたものでもなかった。一学年65名、苗字が「や」で始まるから出席番号も最後のほう。でも神がこの世、この家に生まれることを決めたのである。受け入れるほかない。

小学校の入学式には、「あんな小さい子が」と思っていたが、それがもう卒業を迎えたのである。時の経つのは早いものである。そこには成長した娘の姿があり、感慨にふけり、また涙してしまった。

私は、娘が小学校三年の時、アル専病院に入院した。以来、断酒とスリップとを繰り返し現在に至る。「アルになってもう、三年も経ったのか」と思う。

「お酒を飲んでいないお父さんが好き。」

こうして娘が卒業式によんでくれたのも、今、酒を飲んでいないからだと思う。一生、「お父さんが好き」といわれるためにも、この言葉を汚さぬためにも、一生、酒を断ちたいと思う。

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2007年3月15日 (木)

なーんにもやる気がありません

20070313_2305_0002 昨夜も眠剤を飲んだものの眠りについたのは一時半頃だと思う。朝は調子がよく六時に起き、テレビ体操をやって、ジョーバにまたがる。でも、やはり寝不足は否めない。少し二度寝をする。

そして、お楽しみにしていたDVDを観ようとしたらパソコンもデッキも読み込んでくれなかった。両方ともSONY製だが機嫌のよいときと悪いときとがある。機嫌の悪いときに当ると見ることができないので残念である。

その後、メールを何本か打ち、自転車で郵便局へ行き、来月、甲府の愛宕山で行われるAA昭和グループのセミナー参加費を支払う。参加費が3000円なのに手数料が210円もかかってしまった。「まったくー」って感じ。そのついでにお昼は、「横浜◎」のとんこつ醤油味の中盛ラーメン700円を食す。この程度が私の贅沢の水準である。

さて、今日は、なーんにもやる気がなかった。暇で暇でしょうがなかったので、「ひいらぎさん」「二郎さん」「ドバタケさん」「クリームさん」「ビリケンさん」「慎さん」などの掲示板やブログを読んで過ごした。

そこで、余りに暇なので、明日行われる娘の小学校の卒業式に急遽、出席することにした。ところがベスト体重が63キロなのに現在、71キロ。ここ数年スーツを着たことがなかったが、「何とかなるだろー」と安易な気分でいたら、カビ臭いもの一着しかフィットしかなかった。ああ、体重をおとさなければ!!

でも、アルであったなら、娘の卒業式などとてもじゃないが出席できなかった。やはり、「しらふでよかったなー」と実感せずにはいられなかった。

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2007年3月14日 (水)

生活のリズムが狂っている…

20070313_2302_0000 昨夜も眠剤を飲んでみたもの、実際に眠りについたのは二時頃だと思う。起きたのは五時頃で、睡眠時間が絶対的に少ない。その後、ひいらぎさんの「心の家路」にカキコして、お茶を飲み、「テレビ体操(第一、みんなの体操」をし、納豆2パックを朝食とした。メタボリックを解消するため、食事にも留意し、高タンパク低脂肪にこだわる。でも、摂っている量が絶対的に少ないため、お腹がすいて仕方がない。

朝、テレビでニューヨーク市場ダウ平均が200ドル以上下がったのを確認し、東京市場での大幅な下げを覚悟する。睡眠時間が少ないし、実際に相場を見ていると誤った判断に落ちる危険性があると思い、お昼頃まで二度寝(ふて寝)を決め込む。

(実際には、日経平均で500円以上下げたことを後で知った。なお、銭屋官兵衛主宰:山信證券の保有する株式も含み損が一桁増えてしまった。せっかく上海発の株価同時下落の影響をここ数日でこなしていたのに、また最初から出直しする結果となった。)

昼過ぎは、二郎さんの「意見交換の広場」を読み返したり、カキコしたりした。また、「コンバット」を2本、×HKのドキュメンタリーを一時間半、これまたジョーバに5,6回またがったりながら観ていたらあっという間に午後の部が終ってしまった。

やたらお腹がすいていたため、かみさんをせかし、夕食(鶏の照り焼き)を五時台にとった。その後、仮眠として十時頃まで寝てしまう始末。

ここ数日、早寝早起きを目指していたが、なかなか寝付かず、それに対し、二度寝、ふて寝や昼寝をしたりして、生活のリズムが狂っているのであった。

※それにしても、今日もヘタな文章だなーと思う。

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2007年3月13日 (火)

三年前の3月12日:記念日

20070313_0445_0000_2 今から三年前の3月12日(昨日)、私は静岡県西部のアル専病院にぶち込まれ、それから78日間の長きにわたって入院する羽目になった。最初の頃は、閉鎖病棟の精神病院(精神病院とは後でわかった)にぶち込んだかみさんを恨んでもみた。でも、仮にあの時私を無理やりにでも入院させなかったら、アルコールで命を落とすか、脳が萎縮して痴呆になっていたかもしれなかったので、今思えばかみさんに大変感謝している。

それから3年。そのうち一年間半ほどは断酒を継続させた。その後は断酒、飲酒を繰り返し、最後の断酒からは、まだ一週間ほどしか経過していない「ひよっこ」である。3年前と現在とを比較して、人間としてあまり成長していないのは誠に残念なことであるが...

さて、昨日は夜更かしして眠りについたのが二時ころだと思う。でもいつもの癖で六時には起きてしまい、おなじみのテレビ体操をして、お茶をすすりながら新聞を読み、九時に相場をチェック。当然のことながら睡眠不足のため二度寝をし、起きたのがまたお昼過ぎ。それに加え、昼寝をしまたまた起きたのが夕方。その後、ジョーバに4回転、合計一時間もまたがる。なーんにもしないで一日が終ってしまったのであった。

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2007年3月12日 (月)

二度寝し、ジョーバした一日

20070312_1620_0000 昨夜は11時過ぎに就寝。今朝も早起きして6:30からテレビを観ながら体操(第一とみんなの体操)をする。その後、お茶をすすり、インスタントラーメンを食べる。9時に株式相場をチェックし、今日は下がることはないだろうと確認する。そして、何気なくベッドに戻ったらめったにしない「二度寝」をしてしまった。再び起きたらもうお昼過ぎ。

午後には、ヤマ◎さんが「ジョーバ」を届けてくれた。待つこと二週間、57,800円也。最初、かみさんは、お金がないのに、とんでもない買い物をしたと思っていたが、ウエストを細くすることもできると知って喜び、私より先に試乗した始末。娘は最初から結構乗り気であったので、これもまた大喜びしてジョーバした。

私は、腰痛もちでメタボリックなので、大相撲を観ながら一回15分の骨盤コースとウエストコースをそれぞれ試乗したら、これがやはり快適なのであった。まあ、ラジオ体操はしても、敢えて腹筋運動などしないが、テレビを観ながらまたがっていれば腰痛が治り、お腹がへこめば言うことなし。約一年間乗り続ければ元本が回収されると試算するのであった。

二度寝したため夜はなかなか眠れず、予約録画しておいたはずの×HK「小椋佳63歳のメッセージ」をリアルで観てしまった。私は、もともと金融マンなので、「二足の草鞋」を履く小椋流の生き方が好きである。土曜日の夜にもBSでコンサートの模様を流すという。これをDVDにすればCD全集を買わなくてもよいのではと思う。

そして、このブログを書き連ねたら、ほぼ次の日になってしまった。もう寝なければ。

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2007年3月11日 (日)

誰がこのブログを読んでいるか?

20070310_1351_0000_1 一体、誰がこのブログを読んでるのであろうか。    

はっきりと特定できるのは私の兄である。このブログをとおして、私の状況や実家の様子を見てもらっているのである。

その他、誰が読んでいるのか。その対象範囲はほぼ限定されていると思われる。多くはアル中やアル依存症者もしくは摂食障害その他の障害を持っている人々である。もともと、このブログを書いてみてはと提案してくれたのは、「心の家路」の主宰者ひいらぎさんである。よって、このブログを読む人は、ひいらぎさんの「心の家路」を読んでいることを前提として、おそらく、そこから入ってくることが多いと思う。その他考えられるのは、最近、「二郎さん」の意見交換の広場にもカキコしているから、そこから入ってくる人もいるかと思われる。

では、一体どの位アクセスがあるのか?

最初のうちはアクセス数のあまりの少なさに、「何故、読む人もいないのに毎日、ブログを書かなければならないのか」とつぶやいてもみた。しかし、段々月日が流れているうちに「ブログは書くことに意味があるのであって、読む人がいるいないは関係なしよ」と思えるようになってきた。したがって、アクセス数を増やそうとも、読む人が喜ぶよう読者に迎合してブログを書くようなことはしていない。そのため、ここ半年はアクセス数がどの位あるのか把握していないというのが正直なところである。

※今日の写真は、のぶ家の「もも」である。食い意地が張っているのでぶくぶく太っているのであった。

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2007年3月10日 (土)

一行広告に思う

20070309_1027_0001 昨日、友人の経営している焼き鳥屋で、ウーロン茶を飲みながらあるスポーツ新聞を読んでいた。隅まで読んでいて、最後に求人広告紙面に目がとまった。大体、以下のとおりである。

「土工求む。1万円日払い。普免優遇。03-△△△-○○○○。××建設」

これを読み、いろいろなことを自分に絡めて考えてみた。

土工とは土方さんのことだろうが、一日力仕事して1万円かー。月に20日働いて20